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逸ノ城 湊部屋おかみさん殴打と酒癖で破門?引退の本当の理由は?

逸ノ城 湊部屋おかみさん殴打と酒癖で破門?引退の本当の理由は?

今年の3月の春場所の十両優勝でこれからが期待されていた元関脇の逸ノ城。

5月4日に突如引退しました。

このタイミングでなぜ?って思いましたよね。

腰痛悪化のため引退ということでしたが、本当の理由がありそうな…。

酒癖が悪いと言われている逸ノ城が部屋のおかみさんを殴打した件がありましたが、それで事実上破門なのか引退の理由に疑問が残ります。

そこで、逸ノ城 湊部屋おかみさん殴打と酒癖で破門なのか?引退の本当の理由を調べていこうと思います。

 

逸ノ城 湊部屋のおかみさん殴打と酒癖で破門?

今から一年ほど前に、逸ノ城が部屋のおかみさんを殴打したというニュースを見て非常に驚いたのを覚えています。

あんなに大きな怪物とまで言われる力士に酔っぱらって暴力を振るわれたら、ひとたまりもないですよね。

このことが、逸ノ城が引退する原因となったのかどうかを見ていきましょう。

 

どんな状況でおかみさんに暴力をふるったのか

逸ノ城は2013年11月に入門し、14年初場所で初土俵を踏みました。

元々のトラブルの原因は、飲酒なんですね。

 

どんな飲み方だったのか

酒席でのトラブルは、初土俵2.3年後から始まったそうです。

1年間は湊親方の指導として、外出を制限したとのこと。

制限を解くと直ぐにお酒を飲んで朝帰りして稽古を休んでしまうことが始まってしまったそうです。

自分をコントロールできないから、これまで通りに厳しくして欲しいと本人が訴えていたほどだったと。

 

おかみさんが同席することもあった

酔って問題を起こすのは、友人と飲みに行った時でもあったそうです。

このような状態だったため、おかみさんがお酒の席に同席することもあったと。

保護者つきの飲酒ですよね、こうなると。

酔うと何をするかといえば、物を投げる・おかみさんをたたく・あざができるほど強く手を握るなどだそう。

なぜ、お世話になっているおかみさんにそんなことをするのか不思議ですが、これがお酒を飲むと色々がわからなくなってしまう酒乱といわれるものなんでしょうか。

外出しない時は部屋でビール1ケースは普通に飲んでしまうし、ウイスキー1、2本を空けてしまうような飲み方だったそうです。

おかみさんが突き飛ばされて倒れ込んでしまうこともあったようです。

 

過去・双羽黒がおかみさんへの暴力事件でどう処分されたのか

過去に同じようなことがあったので、取り上げてみます。

昭和62年の年末、弟子が師匠のおかみさんに怪我をさせ失踪してしまった事件がありました。

立浪親方(元関脇羽黒山)と横綱双羽黒は、部屋の若い衆に関する意見の対立で口論となったそうです。

止めに入ったおかみさんを双羽黒が突き飛ばしてしまい腕にけがをさせ、そのあと失踪してしまいました。

その後、師匠から双羽黒の廃業届が4日後の大みそかに提出されたそうです。

双羽黒は事実上は破門ですが、廃業という処分となりました。

この件と同様に扱われるなら、逸ノ城も破門となってもおかしくないでしょう。

しかし親方夫人である部屋のおかみさん自身が、寛大な措置を求めていたそうで、破門や廃業といった形をとりませんでした。

 

逸ノ城 引退の本当の理由は?

逸ノ城が破門になってもおかしくないことをしているのにそうはならなかったのです。

ということは、酒癖の悪さやおかみさんを殴打したことではないということになります。

何か関連があっても、これらは直接的な原因ではないということですね。

何かをする時には、表向きの理由と本当の理由というものがあったりするものです。

しかし、力士として人生を賭してやってきた相撲を引退する時に本当の理由を言えないなんて悲しいことですよね。

ファンとしても、釈然としないというか…。

逸ノ城には、引退の本当の理由を言えない何かがあったのでしょう。

それは何か?を探っていきましょう。

 

逸ノ城はどんな力士?

引退の理由の話に入る前に、逸ノ城のプロフィールをみたいきましょう。

逸ノ城 プロフィール
四股名逸ノ城 駿
本名三浦 駿
(2021年日本の旗 日本国籍取得[
モンゴル名:アルタンホヤグ・イチンノロブ
Алтанхуягийн Ичинноров
愛称いっちゃん、イチコ、タカシ、モンゴルの怪物、イチ君
生年月日1993年4月7日(30歳)
出身モンゴルの旗 モンゴル・アルハンガイ県(遊牧民)
身長192.0cm
体重224.0kg
BMI60.76
所属部屋湊部屋
得意技右四つ・寄り
現在の番付引退
最高位東関脇
生涯戦歴408勝328敗73休(55場所)
幕内戦歴334勝298敗73休(47場所)
優勝幕内最高優勝1回
十両優勝2回
殊勲賞3回
敢闘賞1回

出典:Wikipedia

「力士が生涯で優勝できることが一回あれば幸せだ」と語っている力士をテレビで見たことがあります。

そういう厳しい世界で、2回の優勝を果たしている逸ノ城は立派ですよね。

巨漢なのにおとなしい人だということで、テレビ出演をしていたのを覚えています。

こんなCMもありました。

声が優しいですよね。

この姿から想像もつきませんが、色々な問題を起こしていたんですね。

残念ですが、新番付で幕内への復帰を果たしたばかりで引退してしまいました。

この会見の2日前に、親方が決断を迫ったそうです。

逸ノ城はあっさりと「じゃあ辞めます」と答えたそうなんです。

この引退会見は親方と逸ノ城の距離感が凄い、目も合わせない会見となってしまいました。

この会見を見るだけで、二人の間には色々と問題があったのだろうと予想できてしまうようなものでしたね。

 

稽古をサボり飲み歩き 親方との間に確執が生まれた

2021年秋ごろから、お酒のトラブルが更に増えていたようです。

湊部屋の親方とおかみさんは、逸ノ城の酒癖が悪いのであえて相撲部屋暮らしをさせていたそうです。

それでもモンゴルの友人たちとモンゴルパブに出入りしていたのを叱責されて、一人暮らしをさせてもらえない不満を親方に伝えています。

話し合いの場を持ち、逸ノ城が禁酒する意向を示したため2021年の暮れに、親方が一人暮らしを許可。

しかし直ぐに約束を反故にしてしまったんです。

逸ノ城は、飲みつぶれてしまい朝稽古をさぼってしまい親方から大叱責を受けることになります。

逸ノ城は、「これからは弁護士を通さないと親方と話をしない」と言って直接話をしなくなってしまったと。

その後も飲んではつぶれて稽古や仕事に穴をあけることが何度もあったそうです。

残念ですが、逸ノ城と親方の関係がこうやって崩れていってしまったんですね。

 

年寄名跡の件で親方と揉める

ここで言う「年寄」=「親方」と読み替えればいいと思います。

力士を引退し、その後に親方になるために必要なことがあるのです。

それは、年寄名跡と日本国籍です。

逸ノ城は、それを手に入れるために動いていたんです。

 

年寄名跡がどうして必要なのか

年寄名跡(としよりめいせき、みょうせき)とは、日本相撲協会(以下、「協会」)の「年寄名跡目録」に記載された年寄の名を襲名する権利であり、俗に年寄株親方株とも呼ばれる。

元力士が引退後も協会に残り、かつ運営に携わるには、年寄名跡を取得する必要がある。名跡の名称は創設者の四股名などに由来しており、既に名跡を取得している年寄はその名で活動する。                      出典:Wikipedia

この年寄株(年寄名跡)と日本国籍を持っていないと親方になれず、自分自身の相撲部屋を開くことができないのです。

そういうルールなんですね。

現在相撲部屋を開いている親方は、全員が年寄株を持っているということになります。

お金を払って年寄株を買うわけですね。

 

日本国籍の取得が必要

日本国籍を取得するための要件は、

  • 引き続き日本に5年以上住んでいること
  • 20歳以上で、日本の法律行為能力を有していること
  • 素行が善良であること

もちろん逸ノ城は、この条件をすべて満たす人ですので帰化することは容易にできたでしょう。

逸ノ城は引退後に親方になるため、2021年9月に日本国籍を取得しました。

湊親方の本名からその名字をもらって、日本名「三浦」姓を名乗っています。

このようなことをしているこの頃は、親方と逸ノ城の関係は良好だったと思われます。

 

何で揉めたのか

日本国籍は手に入れたわけですから、あとは年寄株を譲り受ければ引退後に親方になれるんですが…

“世襲制”による年寄株の無償の譲渡というのは、親方自身の娘と有望な弟子とを結婚させる形ですので上手くいきやすいのでしょう。

そのようなことができない場合は、年寄株を師弟間で売買することになりますよね。

問題は、年寄株の価格がはっきりと決められていない事なんです。

年寄株は105と数に限りがありますので、その需要と供給のバランスで、価格が高騰して一時は億の単位まで上ったそうです。

一般人には考えもつかない価格をつけられていると思いますが、実際のところいくらなのかはわかりません。

湊親方から後継者となる逸ノ城に年寄株を譲渡する際、謝礼金(支払金)の額を巡って対立してしまったそうなんです。

「逸ノ城は、師匠が法外な値段を吹っ掛けてきていると受けとめて不信感を抱いたようだ」と角界関係者が語っています。

その後、表向きには〝和解〟した形になってはいましたが、深い溝となっていたのでしょう。

酒癖が悪かったことでおかみさんに暴力をふるってしまったりすることも誘因でしょうが、この金銭トラブルが引退の大きな原因になったのではないでしょうか。

逸ノ城はこの先湊部屋の後継者になると思われていましたが、結果的にそうならなかったんですね。

こんな心配をしてくれているファンもいます。

 

まとめ

逸ノ城は 2023年3月場所で十両優勝をし、 5月場所では幕内に戻ることが決まっていました。

突然の引退に、なぜこのタイミング?何があったの?って。

去年の11月におかみさんを殴打したと週刊誌で報道され、酒癖の悪さを指摘する声がありました。

師匠のおかみさんを殴打するという破門級のことをしでかしたのに、親方やおかみさんは、逸ノ城をなんとかしてあげたいという気持ちで見守ってこられたのだと思います。

しかし師弟関係は更にこじれ話し合いもできなくなりましたが、そこには年寄株の問題がありました。

引退の本当の理由は、相撲協会に残るために絶対的に必要な年寄株の譲渡で親方と逸ノ城の間で金銭的なトラブルが起きたことでしょう。

それは、引退会見で発表できませんよね。

だから、持病の腰痛悪化という理由になったのでしょう。

せっかく帰化までしたのに、年寄株を手に入れることができず相撲協会に残ることもできなくなりました。

モンゴルに帰るのでは?プロレスラーになるの?など憶測が飛び交っています。

幕内優勝を果たした逸ノ城が、今後どのような道に進むのかは 明らかにはなっていませんが逸ノ城の第二の人生に期待したいと思います。

以上、逸ノ城 湊部屋おかみさん殴打と酒癖で破門?引退の本当の理由は?をお届けしました。